三里塚闘争は何を問いかけてきたのか 講座・三里塚闘争60年第1回
三里塚闘争は何を問いかけてきたのか 講座・三里塚闘争60年第1回
2月21日、三里塚闘争は何を問いかけてきたのか 講座・三里塚闘争60年第1回を開講。講師の中川憲一さん欠席のため、内容を変更して、白川真澄さんが講演、三里塚元被告が発言。
当時を知らない世代も熱心に耳を傾けていた。
前半は映画「抵抗の大地」(71年)「大義の春」(78年)「どっこい闘魂ここにあり」(89年)を上映。
後半講演で白川真澄さん(ピープルズプラン研究所)は
「71年から三里塚現地の闘いに参加した。国家権力の暴力と民衆の抵抗の暴力は違う。
71年東峰十字路事件後の弾圧で青年行動隊がほとんど逮捕された。鉄塔共有、戸村参院選からで77~78年の開港阻止の闘いにつながった。
当時、多くの若者が逮捕を覚悟して三里塚の闘いに参加した。
三里塚の闘いは抵抗。国家権力から農民・民衆は虫けらのような無力な存在と見られていた。ひどいことをされた抵抗するということを権力に見せつけ、社会に訴える。
現在の世界では自治・自給、コモンズの運動が広がり、国家権力・多国籍企業に抵抗している。三里塚はその原点だった。」
吉田和雄さん(2月横堀要塞戦元被告)は「78年2月、鉄塔上で40時間以上、氷点下の中抵抗した。
なぜ三里塚を闘ったというと、ベトナム戦争以来の民衆の闘いにつながるという国際連帯と人民が勝利した歴史を日本の中で創りたいという意識。当時の「すべての力を三里塚決戦へ」「空港よりも緑の大地を」というスローガンが心の中にすとんと落ちた。
アメリカではICEの弾圧に若い人が自分事として立ち上がっている。日本ではどういう課題だったら、そういうきっかけになるかと考えながら来た。」
高橋悦雄さん(2月横堀要塞戦元被告)は「吉田さんはヒーローだったが、私は下で要塞建設をしていた。
77~78年の闘いの歌を作って木の根のイベントで歌っている。」
小貫幸男さん(8ゲート元被告)は「78年3・26は管制塔占拠部隊に参加し損ねて、8ゲート部隊で空港突入の闘いに参加。逮捕された。長くて勾留は23日間といわれて闘争に参加したが、1年8カ月未決勾留され、一審は実刑。高裁で執行猶予がついて、職場復帰した。」
最後に第3滑走路建設、横堀農業研修センター取り上げ裁判が続く三里塚の現状について報告。
次回第2回は「地元農民にとって三里塚の闘いとは」
講師 大森万蔵(元・芝山町辺田地区在住)。
4月11日(土)午後1時30分開場、午後2時開始
文京区民センター階3C会議室

