【報告】座標塾第2回「左翼は再生できるか」

【報告】座標塾第2回「左翼は再生できるか」

講師・白川真澄さん(ピープルズプラン研究所)
コメント・天野恵一さん(反天皇制運動連絡会)

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2月17日、座標塾第13期第2回「左翼は再生できるか」を開講。

講座では、白川真澄さんが新著の『左翼は再生できるか――戦後日本の政治攻防と社会運動』を取り上げた。

前半、白川さんが『左翼は再生できるか』の論点を提示した。

「戦後日本左翼を特徴づけるのは、①反戦平和主義②経済成長主義の容認③マルクス主義への依存の3点。

左翼とは何か。ここでは①社会的公正・平等②個人の自由や多様性の尊重③軍事力行使の否定・抑制④自国の植民地支配・侵略戦争への反省という4つの定義とする。

3・11は日本における大衆的直接行動がよみがえる起点となった。それには世界的な同時代性が働いていた。

では、2015年夏の運動の象徴的な存在SEALDsをどう評価するか。

SEALDs批判としては、マスメディアによって創られたイメージで運動の実像との落差が大きい、訴えた思想はラディカルさに欠け、従来の戦後民主主義や平和主義の擁護の域を出ていないなどがある。

また、若者の政治参加は限定的で、各大学では運動が作れず、国会前に来てはじめてつながりができるという現実があった。

だが、SEALDsが訴えた立憲主義や直接民主主義の思想が安倍政治との対抗のなかでリアリティと批判力を発揮した。自己決定権の思想は現代において普遍性をおびている。

ただ、合法性を突破する市民的不服従にまで踏み込むラディカルさはなかった。

60年安保闘争は安保改定そのものの阻止はできなかったが、岸政権を倒し、結果として自民党政権が「軽武装・経済成長」路線に転換することを余儀なくさせた。

2015年安保闘争は、安倍政権を追い詰めたが、打倒しきれなかった。そのため、安倍政権が立ち直る余地を与え、改憲路線断念に追い込めなかった。

 

3.11後、脱原発運動の高まりと社会意識の変化を議会・政党に反映させる試みは様々あったが。新しい政治表現は生まれたか。

成功しているのは「オール沖縄」。2016年参院選1人区での野党共闘はリベラル・左翼の連合の最初の一歩。

だが、限界がある。中心にいる民進党の政治的吸引力の欠如が大きい。また、中北浩爾は共産党がリベラルに純化することを求めているが、どうだろうか。

野党共闘はあくまでも既成政党の連合。世界では、ポデモス、台湾の時代力量、米国のサンダース支持など左派の新しい政治潮流が生まれている。日本では新しい政治表現がまだ登場していない。

「左翼は再生できるか」という論点では、左翼の再生の歴史的条件の第一として、格差と不平等のいちじるしい拡大があり、条件の第2としては改憲・平和主義をめぐる攻防の本格化が挙げられる。

社会のあり方をめぐる原理的な対抗軸を明確にする政治勢力再編の必要性がある。対抗軸は①公助をベースにした共助(社会的連帯)②公正な増税③脱経済成長主義

改憲反対運動が深めるべき論点としては、9条をめぐる「専守防衛」論や新9条論をどう考えるか。また、擁護すべき憲法に原理的に矛盾する象徴天皇制の規定が入っていることをどう考えるか。

そして、改憲阻止闘争にとって最大の不利な条件は中国の膨張主義。

左翼の再生の社会的基盤は何か。若い世代への継承が課題だが、憲法9条を拠り所とする反戦平和主義の意識をもっている人びとと非正規雇用労働者をはじめ格差と貧困の底辺に置かれている人びと。

 

本書終章は「再生されるべき政治主体とは何か」

右翼主導の保守政権に対抗できる政治主体の再生の必要性を多くの人が切実に感じている。

だが、再生されるべき対抗主体は、左翼でなくリベラルでよいという批判が予想される。

安保法制反対、立憲主義擁護など、リベラルと左翼は一致しつつある。

しかし、リベラルは市場原理や経済成長を批判・否定する原理を持ち合わせてはいない。

冷戦崩壊後、資本主義に代わるオルタナティブは存在しないという神話が社会を支配してきた。

リーマン・ショック後、反グローバル化の動きが世界的に表出。欧米の社会運動では「反資本主義」が当たり前のように叫ばれている。

「反資本主義を鮮明にした左翼」登場が切実に求められている。求められる反資本主義は、「社会主義」に等置されたり包摂されるべきではない。反資本主義は古くさい社会主義的公式に集約されてはならない。

現代における左翼は、少なくとも経済成長主義と明確に訣別した左翼、グリーン化したレフトでなければならない。日本においては、安倍政治に対抗するリベラルと左翼の連合を社会運動・市民運動の働きかけで強化・発展させながら、「グリーン・レフト」としての反資本主義的左翼の政治潮流の登場を準備することが求められる。

 

反資本主義的左翼(「グリーン・レフト」)の政治潮流が人びとの不安や不満に応えて大衆的支持を獲得する条件や環境は、日本ではまだ熟していない。構造的な危機の表面化と人びとの不安・不満の高まりには時間がかかる。そして政治潮流形成を担う若い世代の人材が育っていない。これが解決すべき最大の課題。」

 

次に、天野恵一さん(反天皇制運動連絡会)のコメント

「左翼とは何か。社会的公正と平等を重視する脱成長思考、自治分権主義、自由と多様性を尊重するリベラルな思考、反戦平和主義、自国の植民地支配や負の歴史を反省する。一般論でいえばまったく当然だと思う。

本書への思想的な共感点は、1つは政治権力奪取を自己目的化していく政治革命主導説への批判。革命観全体の問い直し。

もうひとつは、政治的暴力の問題。新左翼運動には大衆的実力闘争主義があった。実力抵抗が軍事主義のほうに引っ張られていき、軍事をロマン化する流れがあった。もう一度非暴力実力抵抗的な理念に問題を戻して考えるしかない。

人間が生きて戦っていると暴力的であらざるを得ない局面はいくらでもある。だけど、暴力を自制・制御し、できるだけ振るわない構造することのほうが遥かに大切。このことが政治的暴力について考えるスタンス。だから、暴力をロマン化する左翼思想は、自分の中の価値として提示することはできなかった。

 

次に脱成長とエコロジー思考。反資本主義の今日的進化としてのエコロジカルな要素と脱成長のドッキングというスタンスには異論がない。

ただ白川さんとは少し違う。僕が左翼運動に入った契機はベトナム反戦運動。国家と戦争の問題で、経済の問題から入ってない。

レーニン「国家と革命」にはプロ独という権力の腐敗をチェックできないテーゼと国家の死滅テーゼが同時に出ていた。ナショナルアイデンティテイを超えていくことが一番大きな問題。権力の死滅、国家の死滅、党の死滅を展望した枠組みから問題を立てていく。

 

最後に、憲法9条と1章の問題。自衛隊容認論から、侵略軍にならなければ軍隊を持ったほうがいいみたいな論理が護憲派から出てきている。

樋口陽一さんのような立憲主義憲法学者などリベラルな学者が天皇の慰霊行動や被災地巡礼を賛美。共産党も国会開会式出席に大転換した。

昨年8月天皇メッセージで、皇室典範改定に全体が動いている。皇室典範は戦前の体系では大日本帝国憲法に横並びで、改正発議権は天皇しかもっていなかった。

GHQの占領で天皇が最後までこだわったのは、皇位継承世襲制と皇室典範改正発議権。世襲制を残した段階で天皇の勝利。天皇の皇室典範改正発議権の方はGHQから一蹴された。

だから、今起きていることは天皇発議権の復活。戦後立憲主義が土台からぶっ壊れる。恐ろしいことが進んでいるのに警告を発する憲法学者がほとんどいない。共産党もそれに迎合してしまった。

どういう軸で問題を立てていくか。最後の問題では、白川さんの言う反資本主義の路線での左翼、リベラル、グリーンの共闘という枠組み設定は、今進んでいる事態では簡単にいかない。

日本の知性を代表するようなリベラリストが今は天皇メッセージを無条件に褒め上げて、安倍・日本会議系右翼と対決するには象徴天皇と一緒にやらないといけないと。天皇という機関・権威にすがって国家の政策と戦うことはできないという当たり前のことを、優秀な学者が忘れてしまっているのが今の思想状況だ。」

2人の報告を受けて、質疑応答を行った。